写真、文:
福岡将之その1 発端
昨年の7月、北海道での取材終了後、新千歳空港で飛行機を待っているあいだに「ゴーヤーの本の企画」の打診があった。ゴーヤーの取材なら沖縄だろうな、とぼんやり考えながら飛行機の座席に座って、ANAの機内誌「翼の王国」(2008年7月号)をぱらぱらとめくると、沖縄南城市玉城(たまぐすく)の
「花野果村」の記事に出会った。沖縄のおじい、おばあたちが自宅や畑で育てた島野菜を販売する「花野果村」の記事だった。これはきっとなにか縁があるにちがいないと思ったのが、僕にとっての『はじめてのゴーヤー』の本の発端だった。
その2 横須賀のゴーヤー
数日後、毎年、夏になったら泳ぎに行く横須賀の砂浜に向かう途中、海岸の近くで、偶然、ゴーヤーでみごとなカーポートを作っているお宅を発見、「ゴーヤーの写真を撮らせてもらえませんか?」とお願いした。普通の緑色のゴーヤーと白いゴーヤが混植され、数えきれないくらいのゴーヤーの実がなっていて、ゴーヤーの実に蝉がとまって、大きな声で鳴いていた。細谷さんというおじいちゃんが育てたゴーヤーだ。おじいちゃんがおっしゃるには、昔は畑を作っていたが、病気をして続けられなくなった。でもゴーヤーくらいならできるだろうと、カーポートの柵に絡ませるように育てたそうだ。「毎日、飽きるくらい食べてるから、欲しいだけ持っていっていいよ。」とおっしゃってくれたので、緑のゴーヤー2本と白いゴーヤーを2本いただいた。「白いゴーヤーは苦みが弱いので、ゴーヤーが苦手な人にもおすすめで、生でも食べられるよ。」ということだった。ここで撮った写真は、本の巻頭に登場する。
その3 牧野ふみよさん東京あさがお会の展示会が行われていた靖国神社で、
NPO法人グリーンワークス副代表の井口実さんに、ゴーヤーと緑のカーテンに詳しい人がいないか聞いてみた。「いるよ」と答える井口さんに紹介してもらったのが牧野ふみよさんだった。いつも元気で明るくハイテンションで、パワフルな女性だ。グリーンワークス代表の牧野さんは緑のカーテンの取り組みに詳しいうえに、恐ろしく人脈が広い。ゴーヤーのことを語るうえで、いますぐ取材しなければならないキーパーソンを何人かあげてくれた。その中のおひとりが菊本るり子先生だった。
その4 菊本るり子先生

板橋区立高島第五小学校の音楽教諭、菊本先生は「緑のカーテン」をテーマに環境教育に活躍されている。いろいろなメディアの取材が殺到する「時の人」だ。お盆明けのその日の午後もテレビの取材が入っていたが、ようやく午前中だけ時間をあけてもらって、マンションのベランダのゴーヤーの緑のカーテンの写真を撮らせてもらった。事前に菊本先生のブログを見てみたら、ゴーヤーのカーテンの下で洗濯物が干してある画像があった。それを見た八月社の安藤さんと僕は、「これ、やりたいですね」と、撮影当日、それぞれゴーヤーの下に干すのに適当なシャツを持っていくことにした。ゴーヤーのカーテンの撮影の時に、持参したシャツを洗濯物干場のハンガーにかけて、撮影する僕らを見て、菊本先生は、「いろいろな取材が来たけど、洗濯物をかけて撮ったのは初めてだわー」とおっしゃっていた。限られた時間の中で、背後で安藤さんが「あと2分です」「あと1分です」と、まるで映画で見た手馴れた銀行強盗のリーダーのような感じで声をかける中、どたばたと撮影。取材を終えて、今度は菊本先生が僕らの写真をお撮りになり、その写真は
菊本先生のブログに載っていた。
その5 志摩半島
この夏、伊勢神宮を訪れたおりに、足を伸ばして志摩半島までいった時のこと、レンタカーを走らせていると、住宅の庭の柵にゴーヤーを発見した。歩道に向かって、実が垂れ下がっていた。その中に黄色に熟したゴーヤーがあった。菊本るり子先生から、「黄色に熟したゴーヤーの中に入っている赤い種皮は甘い」と聞いていた。志摩のゴーヤーは黄色く裂けて、赤い種皮をアリたちが舐めにきていた。確かに甘いのだろう。「赤い種皮は甘いんだよ」という写真が撮れた。
その6 沖縄 たまぐすく「花野果村」
制作チームはみんな、沖縄では1年中ゴーヤーがなっているのだろうと高をくくっていた。ところが、沖縄の取材先から、「早くしないとゴーヤーのシーズンが終わってしまうよ」といわれ、急遽、沖縄にたった1人で取材撮影に行くことになった。那覇空港に到着して、レンタカーを借りて、撮影協力のお願いをしていた「花野果村」に向かった。「花野果村」は、沖縄本島の南部、南城市玉城にある野菜の市場だ。建物の中は冷房もないのに、風通しが良く涼しい。炎天下の外から、急に薄暗い市場の店内に入ると、目が慣れるまでに時間がかかる。店内には、地元で採れた野菜がずらりと並んでいた。

「花野果村」の大城さんは、近所のどこの誰が、どのようにして野菜を育てているのかを熟知している。大城さんの案内で、近くの集落をぐるぐる走り回った。「ハイ、つぎは丸オクラですね」「ここを曲がるとシークヮーサーがなっていますよ」「これはンスナバーですね」と、ものすごいスピードで次々に教えてくれる。全部の種類を3時間くらいですべて撮影し終わった。これだけの量の島野菜が実際に生えている姿なんて、自力ではとても探せたものではない。
その7 当山かつ子さんのゴーヤージュースとつくだ煮
大城さんと訪ねた当山かつ子さんの家は、海を見下ろす高台にあって、クロトンと呼ばれる南国のカラーリーフの生垣が美しい家だ。家の周りや庭、畑で島野菜の写真を撮らせてもらった。かつ子さんに、黄色く熟したゴーヤーを7upで割ったジュースとゴーヤーの佃煮をいただいた。ジュースはあまり苦くなくて、さっぱりしていてとてもおいしい。佃煮は弱火でじっくり40分くらいかけて作られるそうだ。このジュースも佃煮も、本の中に登場している。
その8 島野菜の撮影
島野菜の「物撮り(ブツどり)」は花野果村の展望台で行った。展望台からは目の前に青い海と奥武島が見える。島野菜の「物撮り」の背景には、東京から持っていった布ではなく、展望台の風雨にさらされて味わいのある木の手すり、トロピカルな雰囲気の木のベンチ、錆びた青いはかりの台を選んだ。この日は青空で、展望台の日陰は光が青く、ところどころに周囲の木々の葉の隙間からの木漏れ日がぽろぽろと差していた。

普通「物撮り」の撮影では使わないような、その日の日陰の青い光と木漏れ日の光だけを使って、お店に並んでいる多くの種類の島野菜を一人で淡々と撮影。光だけを見ていると、太陽は思っていたよりずっと早く動く。光の状態がいい場所に野菜を置いて撮影していると、どんどん光が変化していく。Tシャツ短パンサンダル姿で黙々と野菜を撮影する僕を、地元のお客さんたちは、おもしろがって横で見ていた。
その9 ゴーヤーチャンプルー定食
昼ご飯に「花野果村」の食堂で、ゴーヤーチャンプルー定食を頼んだ。涼しい店内のテーブルに置かれた定食は、おばちゃんがささっと作る、素朴で質素だが見るからに健康的な料理だった。副菜にゴーヤーのてんぷらが添えられていた。このてんぷらのアップの写真を撮るのを忘れたことに、その夜気がついて、翌日もまだお昼ではないのにゴーヤーチャンプルー定食を頼んだ。でも、その日の副菜はてんぷらではなかった。
その10 ビーチで
夕方になって、その日の撮影が終わったので、「花野果村」の近所にあるビーチに行ってみた。地元の人が3人、砂浜に座って海を眺めていた。ビーチといっても、シャワーや更衣室があるわけではない。僕は持ってきていた水着に岩陰で着替えて、首まで海につかって、暑くなった体を冷やしながら、明日以降の撮影プランを考えた。この夏は、ちょうど映画「めがね」のDVDを買って、何十回も見ていたので、その影響が大きかった。映画の舞台は与論島だが、沖縄の取材の間中、頭の中では映画のエンディングにかかっていた大貫妙子が歌うテーマソング「めがね」が流れていた。映画のまねをして、砂浜に座って「たそがれ」てみた。
その11 古民家カフェ「真壁ちなー」

2日目、再び「花野果村」で残りの島野菜の撮影をすませ、その後、mixiのコミュニティの会員さんから勧められていた
古民家カフェ「真壁ちなー」に行ってみた。「真壁ちなー」は糸満市の真壁という集落にある。真壁の集落は、古い石垣が迷路のような集落で、軽自動車がやっと曲がれるような入り組んだ狭い道の町だ。「真壁ちなー」はその中でも特に古い家で、文化財に指定されている。赤い瓦と古い石垣、広い庭のパーゴラにはブーゲンビレア、石垣にはいろんな種類のハイビスカスが咲いている。シークヮーサーの木が真ん中に立っていて、緑色の実をたくさんつけていた。奥のほうに行くと、グァバの木、ドラゴンフルーツの木が実をつけていた。家の横の植え込みには、島トウラガシや、ンジャナーなどが植えられていて、いろんな島野菜がきっちりと育てられている様子で、まさに思い描いていた以上の理想のシーンだった。
その12 真壁ちなーの金城正子さん
オーナーの金城正子さんが庭に出ていらしたので、写真を撮らせてもらえるようお願いをした。グァバの実を持ってもらったり、建物の前で金城さんご自身を撮影させてもらったりした。金城さんを撮影していると、真壁ちなーのお客さんが近寄ってきて、金城さんに「以前、雑誌で見て、絶対に来たいと思っていました。金城さんにお会いできて、感激です。握手してください。」と言って、目に涙を浮かべていた。「真壁ちなー」は、雑誌などで紹介されて、ファンも多く、こんな田舎なのに満席で、店の前で並んで待っている人も多かった。
後に、この金城正子さんに沖縄の島野菜の文章をお願いすることになった。正子さんは沖縄の島野菜を庭で育てて、料理をして、古民家のカフェでお客さんに振る舞っている、最高の書き手だ。「いわゆる料理の本」では見られない、実体験に基づいた生き生きしたテキストになった。
その13 ゴーヤーを探して
肝心のゴーヤーだが、沖縄では、庭ではなく畑で作られていることが多い。しかも、無農薬で作るために、虫除けに網がかかっている。花野果村の大城さんに連れて行ってもらったゴーヤーがなっている場所もビニールハウスの中だった。僕が勝手に頭の中に思い描いていたのは、「沖縄の古民家の庭先のゴーヤー。石垣の向こうに青い海」という妄想のような風景だった。ところが現実には、古民家自体が那覇周辺にはあまりない。そもそも、台風の多い沖縄で、海のすぐそばに集落は作らないものなのか、集落は海から離れた場所にある。しかも、沖縄ではゴーヤーのシーズンはほぼ終盤、収穫がほとんど終わっていて、実がたわわに下がっているような光景になかなか出会わない。島野菜の写真を一通り撮り終わった僕は、それから本島をぐるぐると「ゴーヤーの実がなっている民家」を求めて走り回ることになった。
その14 琉球村

3日目、いわゆる観光パンフレット的な沖縄のイメージを求めて、琉球村まで行ってみた。琉球村は那覇から車で1時間半くらい北上したところの恩納村にある。だめもとで、スタッフさんにゴーヤーは植わっていないかと聞いてみたら、「ゴーヤーはあったんだけど、先週、全部収穫して、つるは撤去してしまった」といわれた。中に入って、歩き回ってみると、まさにイメージに描いていた沖縄の古民家の庭先のゴーヤー棚という理想的な光景があったが、ゴーヤーはすでになかった。沖縄取材が1週間遅すぎた。
その15 ゴーヤー限定の動体視力

このまま、高速道路で那覇に戻っても、もったいないので、島の反対側を少しずつ南下しながら、うるま市、与那原市などの入り組んだ集落を見つけては、網の目のような路地を歩いてみた。なかなか古民家もゴーヤーもみつからない。運転しながら、ゴーヤーの葉を探し続けているので、ゴーヤーに対しての動体視力が鍛えられて、かなり離れた場所から、走りながらでも、ゴーヤーの葉かどうかが分かるようになっていた。遠くから見て、つる植物で葉の色がやさしく淡い緑色で、全体的に繊細な感じがするとゴーヤーだ。ゴーヤーらしい姿をちらっと横目で見ると、車を止めて、道を引き返し、写真を撮れるような背景かどうかを確認するという作業の繰り返しだった。バードウォッチングで、野鳥を探しながら運転するのと同じような感覚で、ゴーヤーを探して、島の道を走り回った。
その16 ゴーヤーに座るシーサー
沖縄で何か「キッチュなゴーヤーグッズ」を買ってくるように頼まれていた。どういうものがキッチュなのか分からないが、とりあえず、夜、国際通りのお土産物屋街に出かけた。ゴーヤーチップやゴーヤーのお茶、NHKの朝の連続ドラマ「ちゅらさん」のキャラクター「ゴーヤーマン」のキーホルダーなど、ゴーヤーグッズはいろいろ売っていた。その中で、「これだっ!」と思ったのは、丸正工芸さんが作っているリアルな形のゴーヤーの上に2匹のかわいいシーサーが座っている置物だ。「完璧すぎるっ!」と感動して即買いし、アメリカ兵がたむろしているアイリッシュパブでオリオンビールを飲みながら、その置物を携帯電話のカメラで写真を撮って、メールで東京の八月社の安藤さんに送った。このシーサーの置物が『はじめてのゴーヤー』の本の大扉と帯に採用された。
その17 外山たらさん
ゴーヤーの緑のカーテンの重要人物、埼玉県の外山たらさんのご自宅に、牧野さんと訪ねた。2階のテラスと、たらさんのお母様の部屋の窓の外に、ゴーヤーのカーテンが作られていた。お母様の部屋は6畳くらいの部屋で、窓辺にベッドが置いてあり、そのベッドにゴーヤーの葉からの木漏れ日がちらちらと差し込んでいた。窓の障子には、ゴーヤーの葉の陰が映っていて、とても美しい光景だった。たらさんもお母様も、「こんな部屋を撮るの?」と驚いていらっしゃったが、ベッドカバーの模様や色合いも、ゴーヤーの雰囲気にぴったりと合っていた。
その18 表紙用の撮影ゴーヤーを、実や花がついたままのつるの状態で白い紙に置いて撮ったら、葉の切れ込みの繊細さや、かわいい巻きひげの様子もよく分かっていいだろうと、東京都板橋区にある「ハーブ&おいしい野菜塾」で表紙用の撮影をすることになった。建物の横の光の柔らかい場所に大きなスチレンボードを置いて、その上にたらさんにお願いして、自宅から枯れないように持ってきていただいた花、葉、実、緑の実、黄色に熟した実のついた長いつるを、表紙から裏表紙につながるようなカバーデザインをイメージしながら置き、真上から自然光で撮影した。とても暑い晩夏の日中の撮影。真上から中判カメラを手持ちで撮るので、暑さと緊張感で汗だくになり、白いスチレンボードに汗がぽたぽたと落ちる。暑いので、植物が弱らないうちにと大急ぎで撮影。そうして現像から上がってきた写真を見て、本の全体のイメージが決まった。「白い」ゴーヤーの本だ。
その19 料理
それまでゴーヤーはそれほど取り立てて好きな野菜というわけではなかったが、本のために写真を撮っていると、普段からゴーヤーを気にしながら生活するようになった。何よりゴーヤーがかわいくてしかたがない。まさか、こんなにゴーヤーに愛着を持つことになるとは思わなかった。この年の夏から秋は、ゴーヤーの宣伝マンのようになっていて、行く先々で、ゴーヤーの話をしてまわった。毎日ゴーヤーを食べるにも、ゴーヤーチャンプルーだけでは、さすがに飽きてしまう。自分でゴーヤーのペペロンチーノなどを作って食べたりしていた。おもしろい食べ方で驚いたのはゴーヤーをすし酢につけたピクルス。料理の撮影のときに食べた、ピクルスゴーヤーで作ったゴーヤーチャンプルーは、予想以上に苦味が少なく、とてもさっぱりしていた。
その20 種

ゴーヤーの種は、植える前に、種の尖った部分の先端をはさみで切って、しばらく濡れた脱脂綿などの上に置いて、発芽させてから植えるのだそうだ。沖縄で種を買ってきていたので、本の撮影用に、さっそく種の発芽を試してみた。水に浸してから2日後、種の2枚の殻が、貝が開くようにパクリと割れてきて、中から白い芽が出てきた。レンズをのぞくとほんとうに貝にそっくりだ。芽が出てくるところに立ち会うと、やはり植物は生物だったと再認識する。それにしても、ゴーヤーは、こんな小さな種から、芽と根が伸びて、食べきれないくらいの量の実をつけるのだから、改めて驚きである。植物って、ほんとうにすごい。そして、いろんな驚きに次々に遭遇する「植物の本づくり」は、時期や気象条件の制約があったり、困難も多いが、とても楽しくておもしろい仕事だ。